日本では従来から長時間労働が問題視されている。パフォーマンスの低下どころか、健康面の悪化のリスクは比較的多くの人に認識されている。更には、生活面とのバランスが崩れ、育児に時間が取れず、少子化に至る社会的な問題でもあるとの指摘もある。
その要因を多方面から探っていく。
長時間労働に巻き込まれると悩んでいる人にとって有益な情報であってほしい。
1.長時間労働問題に着目する背景
私は社会人になって長年、「IT業界やソフトウェア開発における長時間労働の原因は、自分のスキル不足である」と思い込んでいた。実際に、この内容は私が新卒で社会人になってから10年強の間、自身のキャリアにぴったり当てはまっていた。しかし、それ以降の出来事やそれに関する分析により、上述の思い込みは根本から覆ることとなった。
これまで色々な開発現場でソフトウェア開発に携わってきたが、中でも私が一番最初に配属された現場が一番長かった。
この開発現場では、新卒1,2年は終電帰りの日あり、休日出勤があるなど、ブラックな状態が続いたが、その後スキルも身に付いて段々とやりがいを感じ始めるようになった。
更にその後は自動化ツール作成などで仕事効率が良くなり、高度な資格試験の対策ができるようになるなど余力ができた。
この開発現場だけで見ると、最初に苦労して後々成長を感じる流れであった。周囲の人間から見ても、若いころに長時間労働に耐え、成長し、その結果今があるという認識であった。
しかし、開発現場が変わり、プロジェクトが変わり、慣れない環境に馴染まず、久々に長時間労働に巻き込まれる。そして体調に影響を与える。
また、別の開発現場では残業禁止で健全な生活を送りながらプロジェクトに成功するという期間もあった。
同じ能力、同じスキル、同じ性格の人間が、あるときにはブラック労働に巻き込まれプロジェクトが混乱し、またあるときには健全な生活を送りながらプロジェクトに成功する。
どうやら自分のスキル不足ではなさそうだ。もっとほかに原因がありそうだ。
世間一般、業界一般を調べてみると「自分のスキル不足」とは全く違う。「自分の仕事が遅いからだ!」と自分を責めすぎることが無いように、長時間労働問題の背景や実態を知っておく必要がある。
また、これらの知見を元に、根本的にどこに問題があるのか正しく見極める必要がある。
外的要因でありながらも、長時間労働に巻き込まれるのは、優秀な人材であってもパフォーマンスや生産性は落ちるし、勿体ない話である。
以上が、私が長時間労働問題に着目し拘る理由である。
2.「長時間労働是正に向けた15の勘所」の紹介
IT業界の長時間労働問題については、セミナーへの参加やWeb閲覧等により情報を入手することができた。
JISA(一般社団法人 情報サービス産業協会)が主催するイベントにそのセミナーがある。
これは、国が推奨する働き方改革の一環として行われており、厚生労働省からの委託業務である。
このセミナーで紹介されたのは、「長時間労働是正のための15の勘所」である。大きく5項目、詳細15項目から成る。
ヒアリング調査によって得られたIT業界の実態を、専門家によってわかりやすくまとめられている。
ここではその見出しだけを紹介するので詳細な内容については、下記ページをご覧いただきたい。
問題点に対する解決のヒントも記載されている。
www.mhlw.go.jp
●プロジェクト特性
- 【問題1】大規模すぎる案件
- 【問題2】会社として実績がない、経験が不足している案件
- 【問題3】発注者の協力が得られない
●プロジェクトにおける業務段階、受注
- 【問題4】不明確な仕様
- 【問題5】過小な工数、短すぎるプロジェクト期間
- 【問題6】メンバーの能力や経験が不足している
●プロジェクトにおける業務段階、プロジェクトの運営(設計・開発・テスト)
- 【問題7】仕様変更の依頼がある
- 【問題8】品質とセキュリティ等のトラブルの発生
- 【問題9】追加工数に人員が十分に投入されないこと
- 【問題10】開発状況の把握と共有化ができていない
●プロジェクトにおける業務段階、納入(検収)
- 【問題11】検収条件が明確にされない
- 【問題12】仕様以上の過剰品質の開発を行う
- 【問題13】作業の標準化ができていない
●プロジェクト推進の基盤(全社的な支援体制)
- 【問題14】生産性の基準がなく、生産性が把握できていない
- 【問題15】現場、担当者が問題を抱え込むことに対応していない
3.「長時間労働是正に向けた15の勘所」に対する感想
自分自身のスキル不足と思い込んでいたことを考えると、それは可能性ゼロではないものの、ごく一部にしかすぎないことがわかった。
前項に記載された内容は、システム開発の様々な工程に着目されており、非常にまとまった内容である。
また、IT業界のみならずメーカーのシステム開発部門やソフトウェア部門にも当てはまる問題である。
特に全体的に受けた印象は、開発現場のメンバーが言うと上層部から怒られそうな内容が半数以上を占めている。
15の勘所のうち、いくつかの項目をグルーピングして見てみよう。
◆グループ1、開発現場が言うと怒られそうな内容
- 【問題1】大規模すぎる案件
- 【問題2】会社として実績がない、経験が不足している案件
- 【問題3】発注者の協力が得られない
- 【問題4】不明確な仕様
- 【問題5】過小な工数、短すぎるプロジェクト期間
- 【問題7】仕様変更の依頼がある
- 【問題8】品質とセキュリティ等のトラブルの発生
- 【問題9】追加工数に人員が十分に投入されないこと
- 【問題10】開発状況の把握と共有化ができていない
- 【問題15】現場、担当者が問題を抱え込むことに対応していない
◆グループ1は、開発現場の担当者やリーダーが言うと、ダメな上層部は「言い訳をするな!」などと突っぱねてしまいそうな内容である。
しかし、これが実態である。真摯に受け止め、向き合わなければならない。
ここに向き合わないと根本原因を解決することができず、スケジュールを守るために「残業でカバー」「デスマーチでカバー」「過重労働でカバー」「ブラック労働でカバー」(この4パターンは表現は違うものの中身は同じ)という状態に陥る。
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◆グループ2、リーダーや管理職が言いたそうな内容
- 【問題6】メンバーの能力や経験が不足している
「長時間労働是正のための15の勘所」全般についてはプロジェクトマネージャ向けに発信したメッセージである。
この項目だけ見ると一見
「現場のメンバーにおける技術や能力が足りなくて、仕事が遅いから長時間労働になるのだ。だから、現場のメンバーもしっかり技術を身に付けけなければならない!」
といったニュアンスで、担当者向けに発信したメッセージであるように思える。
しかし詳細内容を読むと、
- 「適材適所の配置」
- 「プロジェクトマネージャが各メンバーのスキルを正確に把握していること」
- 「プロジェクトに必要な知識の教育を行っておくこと」
のように、現場のメンバーの能力を上げや経験を増やすための前段について述べられている。
現場のメンバーのせいにする根性論主体の管理者は、その問題点に至る前段を軽視することが多く、通用しないことが自明だ。
◆グループ3、エンジニアの良心と拘り
- 【問題12】仕様以上の過剰品質の開発を行う
これは私自身も陥ったことがある。エンジニアは拘りが強く、より良いものを作りたいという精神を持っていることが多い。このことはとても良い。いや、エンジニアとしてあるべき姿である。私も品質には拘る。
品質とは製品に不具合がないことだけではない。ソフトウェアであれば他製品への流用性、今後の変化に強い汎用性など、品質と言っても幅広い。
ただ、品質、納期、コスト、スコープのバランスを取らなければいけない。どこかが過剰になりすぎると結局全体が破綻する。
それぞれの現場が、どのような傾向があるかこれらを参考に分析し、改善に役立ててもらいたい。
さらに、ITやソフトウェアを発注する側も知っておくべき内容である。発注先をブラックにしてしまっていないか?
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自分達発注側には関係ない受注側の問題と思っていたら、それは間違いである。発注先に迷惑をかけることにもなるし、労働環境の悪い発注先から納品されるソフトウェアの品質は良いとは思えないから、結局発注側企業のビジネスにも影響が出る。
ITに関わる人なら是非意識してほしい内容だ。
◆グループ4、プロセス・運用・管理面
- 【問題11】検収条件が明確にされない
- 【問題13】作業の標準化ができていない
- 【問題14】生産性の基準がなく、生産性が把握できていない
システム開発では重要な内容である。ここが出来ていないよりは、出来ているほうが良いことは間違いない。
しかし、ここが出来ていても、これまで挙げてきた「無理な要求」「残業依存の体質」など根本的なことが出来ていなければ、結局長時間労働はなくならないイメージだ。
残業ゼロに成功した企業の共通点をみてみると、経営者の覚悟を決めていることだ。管理職以上の人には、是非知っておいてもらいたい。
末端の開発現場はというと、管理職や上層部の顔色を気にして、根本原因に触れず、「自分達のできることを改善していこう」という流れになることが多いのではないだろうか。これでは小さな改善はできても、根本的に改善することは難しいだろう。小さな改善の積み重ねが重要だという考え方もある。
4.長時間労働しかソリューションがないことが問題
最近は長時間労働対策に関する研究が進んでおり、情報を得やすくなった。よって、経営陣も管理職も一般社員も、積極的に情報を取りにいってほしい。
「気合い」「根性」「情熱」というブラック企業が好みそうな言葉やマインドだけでは、もう通用しない。「気合い」「根性」「情熱」も大切だが、業務逼迫状態を乗り切るソリューションが長時間労働しかないことが問題である。
健康面と経営面からいうと、人間は朝起きて13時間以上経過すると、酒酔い運転程度の作業効率になると、医学的に証明されているとのことである。その作業効率が落ちた社員に、割り増しで残金代を払っているのである。経営としてはダメージが大きいことに気付かなければならない。
このような時代背景にありながらも、長時間労働に巻き込まれ困っている人は、健全な会社に転職することも一つの選択肢だろう。
最後に私の経験から確実に言えることを一つ。「長時間労働の原因は自分のスキル不足ではない」。
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