システム開発に限った話ではないが、少量の作業を取引先に
「これくらいの作業はタダでお願い」
というニュアンスで依頼することがある。取引先の判断で、無償での対応が許容される場合もある。
しかし、慎重に考えてほしい。
無償対応を依頼された組織は断りたい場合でも、取引上の力関係を考慮し、今後も良好な取引を継続したいとの考えから、不本意に無償対応を飲み込んでしまうかもしれない。
取引先に作業を無償で対応するよう要求することについて、事例を元に、整理・分析し、コンプライアンス面のリスクを中心に考えてみた。
コンプライアンス教育に活用してほしい。
1.無償対応の要求が発生してしまった背景
ある製品を製造している『メーカー』は、その製品を構成するシステムの開発に必要な一部の技術分野において『取引先』の協力を得ている。
『メーカー』は業績が良くないため、上層部から徹底的なコスト削減を求められており、当該新製品開発においてもコストを抑えての開発が行われていた。
『メーカー』は開発中の製品へ『新仕様』の追加を検討していた。
『新仕様』を実現するには、技術面の都合上、『取引先』の協力を得る必要がある『作業』が存在する。この『作業』には少額ではあるものの、『取引先』への費用発生が考えられる。
一方、『メーカー』は『新仕様』を別手段で実現する『代替仕様』を検討している。
『代替仕様』は、『取引先』へ『作業』を依頼する必要がない。『メーカー』にとって、『代替仕様』の方がコスト削減につながる。
『メーカー』は『新仕様』か『代替仕様』のどちらを採用するか、検討を重ねた。
『新仕様』の方が理想的ではあるが『取引先』による『作業』に対する費用発生がネックである。コスト削減の観点から『代替仕様』で進めようとしていたが、詳細検討に時間を要していた。
『新仕様』を採用する場合、『取引先』に対して『作業』に関する費用見積もりを行う予定であった。
仕様決定に時間を要している状況、開発コスト削減の方針から、『メーカー』の担当者が『取引先』に対して、
「無償で対応していただけると、ありがたいのですが、・・・」
といったやわらかい感じで、メールにて打診した。
担当者に悪意はなく、強制的なものでもなく、柔らかい感じのものであった。
2.無償対応のコンプライアンス面におけるリスクへの気付きと報告
『取引先』へ発信したメール文面を、『メーカー』の担当者とは別の第三者が読んだ。
第三者は、この無償要求について疑問を感じた。
- 「コンプライアンス上問題ないのだろうか?」
- 「費用見積もりを行うはずなのだが・・・」
- 「先方との関係性はどうなのか?」
- 「無償要求しても良い背景があるのか? 力関係なのか?」
- 「誰からの指示なのか? 自己判断なのか?」
- 「『取引先』はどのように感じているだろうか?」
第三者は上司へ報告した。
上司は状況を理解し、担当者へヒアリングを行った。その回答は以下のものであった。
- 「『取引先』とは以前から互いを良く知る関係である。」
- 「『取引先』への無償対応要求は、今回初めてである。」
- 「『作業』は無償でも差し支えない程度と考えている。」
- 「無償での『作業』希望は自分の判断。」
- 「『取引先』へ定期的に支払っているライセンス料が高く、引き下げをお願いし続けている。」
「言いたいことはわかるが、ちょっとこの方法では・・・。」
と思ってしまう。
3.無償対応のコンプライアンス面におけるリスクに関する分析
担当者の意向は理解するが、やはりコンプライアンス上の問題やリスクが無いとは言い切れない。
特に仕様決定がなかなか進まない中、スケジュール上の制約を加味し、可能な限りでのリカバリ策を打っておくことは、プロジェクト管理上必須であり、その点は私も非常に共感できる。
では、次の5つの観点から見てみよう。
①『取引先』との関係と『作業』の量
担当者は「良く知る関係」で「無償で差し支えない『作業』量」と判断していても、『取引先』がどのように考えるかは別である。
最初から無償対応を依頼されると、印象はあまり良くないかもしれない。『取引先』の手順・プロセス・取り決めによっては、時間がかかる作業かもしれない。
また、『取引先』の作業で品質などの問題が発生した場合の責任の所在はどうなるのか疑問である。
ここは「無償対応可能か?」ではなく「見積を依頼する。」としてほしいところである。
②『新仕様』搭載における投資抑制
なかなか仕様決定にたどり着けない中、『代替仕様』にも決めきれない中、より良い方法を模索しようとした、担当者の熱意だったかもしれない。
しかし、『新仕様』の無償搭載ではなく他の方法が望ましかった。もしくは『代替仕様』への決定に漕ぎ着ける動きが望ましかった。
③プロジェクトマネジメント上のリスクを考慮
なかなか仕様決定にたどり着けない中、スケジュール上の余裕が無くなってくるため焦るのは痛い程分かるし、プロジェクトマネジメント上のリスク回避として手を打つことは素晴らしい。
しかし、コンプライアンス上のリスクを抱えない別手段を検討するよう薦めたい。
④ライセンス料との相殺
これはこのような背景を知っている人なら、もしくは『取引先』の合意があればこれで良いかもしれない。
しかし、背景を知らない人からすると、無償要求の部分のみが目に留まり、「コンプライアンス上大丈夫か?」と心配するのも無理はないだろう。
このような場合、本来は「普段から支払っている高めのライセンス料」に対しての是正が妥当であろう。なかなか簡単に実現できないところが辛いところではある。
また、今回依頼しようとしている『作業』が「高めのライセンス料」に含まれているサポート対象かもしれないので、その点を確認するといった行為も有効である。
⑤相手の意思表示や反応に期待
「無償対応が不可能ならその旨の回答があるだろう。」と考えパターンである。これが一番危険である。
現実のところ『取引先』がの取引や力関係を気にするあまり、無償対応は不本意だが、圧力を受け対応せざるを得ない心理状態にさせてしまう可能性がある。
実際、世間一般の企業でよくあるのが、上司からのセクハラに対して被害者が
「抵抗しなかった」=「受け入れられた」
と勘違いしてしまうパターンである。実際は、
「抵抗しなかった」=「断らなかった」≠「(圧力を感じて)断れなかった」≠「受け入れられた」
である。
この類似パターンを見落としてはいけない。
4.コンプライアンスとともに「全体を見る」ことの重要性
今回は無償対応要求の例を挙げたが、重要なのは
「自分達が良かれと思えど、相手がどう思うか?」
である。見落としやすい基本事項である。
プロジェクトマネジメントの面だけではなく、コンプライアンスの面も含めて、自社の面のみならず、他社や社会全体への影響も考慮したい。
「社会目線」と「会社目線」の違い、「社会目線」が必要である旨について、下記記事を参照いただきたい。
o08usyu7231.hatenablog.com
コスト削減達成と引き換えに人権侵害となりうるテーマを用いた、コンプライアンス教育の事例について、下記記事を参照いただきたい。本記事で紹介した内容は、程度は違えど、下記記事とよく似ているのではないかと思う。
o08usyu7231.hatenablog.com
「自分はよかれ」、「よい間柄」と思っていたが、相手や世間の感覚は全く違っていたということもある。より広い視点で、より高い視座で、物事を見るよう、本件含めて事例や観点をインプットされたい。
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また、無償対応の要求を受けた企業は、安易に無償対応してはならない。詳細は、株式会社アクシア・米村社長のブログである下記記事を参照いただきたい。
axia.co.jp